とりあえず日記

とりあえず日記

生活の記録

7月4日(日)〜7日(水)

7月4日(日)歪み

友人から紹介してもらった整体院に行った。自分は中学生くらいの頃から背骨がS字型に歪んでいて(後ろから見たら文字通り「S」の形に歪んでいて右肩が下がっている)、事前の問診票で「体の歪みは体調にどの程度影響するのか」という質問を書いた。先生は「まあ『歪み』という言葉自体、業界が客寄せのために作った言葉のような面もありますしね。人の身体は左右非対称なものですし」と言っていたが、いざ背中を見てもらったら先生が絶句して「これは思ったより歪んでますね…」とiPadで写真を撮り始めた。「これは疲れやすくて当然です」みたいな意味のことを言われて、以下のようなことをメモした。

おれの体はどう考えてもどうしようもなく歪んでいて、それを受け入れてやるしかない。先生もこれをどこまで正すのかは難しいところだ、と言っていた。もうそういう身体の人なのだと。そう思うと人と比べたりするのは無益だなと、そんなことを思った。

7月6日(火)物欲

プロジェクタ買った。喜びのメモ。

プロジェクタが届いた。明るさも十分だしうわーってはしゃいだ。確かに解像度的な意味ではもうちょっとほしくなる(※)のかもしれないが、今は十分だ。でかい画面でオッドタクシーとかフレシノのMVとか見て満たされた。 

 (※もう少し高解像度の上位機種が欲しくなる、の意)

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最近物欲が高まっていて、冷静に見たらいろんな種類の私生活の満たされなさをモノで埋めようとしているなおれは。と思うのだが、なんかそれはそれで認めて、欲しくて買えるなら我慢せず買おうやというモードに最近なっている。ちょうどこの頃に読んだ小沼理さんのブログにいたく共感した。

ストレートに「ほしい」と言うのと、欲望を隠してすました顔でいるのって、本当に品がないのはどっちだろう。それは時と場合によるかもしれない。そしてもちろん、買うという判断が間違っているわけではなく、それなりの合理性があるのも事実。でも、「欲望によってそれを選んでいる」ことを隠そうとする心の働きがある場合、合理性で選んだと思い込める時こそ危険だ。欲望を漂白することに慣れると、きっとどこかで歪みが生じてくる。私はもっと自分に正直になったほうがいいと思った。(ヌマ日記:積み上げていく[2021年6月27日(日)晴れ]より)

もう我慢できない、もう我慢しない(折坂悠太『wadachi2020』)

曲中のニュアンスは違うけど。

7月7日(水)何者

熊代亨『何者かになりたい』読了した。主にアイデンティティの話で、関連してこのへんのブログ記事も読んだりした。

amamako.hateblo.jp

www.du-soleil.com

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年齢は強制スクロールされていくが、価値観は任意スクロールできてしまう社会である、みたいな話は身につまされるところがあった。この1〜2年は自分のいろんなアイデンティティが変容する時期だったし、そら大変やわな〜と今の状況を俯瞰するなどした。あとはオッドタクシーの最終回を見て興奮したり、オリンピック関連のニュースにうんざりしたりしていた。