とりあえず日記

とりあえず日記

生活の記録

3月17日(日)

「16時にこのマンションの◯◯◯号室に来てください。鍵は開いているのでそのまま中に入り、奥の部屋に2つ並んだ椅子に座ってください」というメッセージを受け取り、スマホの地図をたよりに指定された場所へ向かう。たどり着いたのは年季の入ったレトロなマンションで「禁煙!!」と壁に掘られたエレベーターで上階に上がり、部屋番号を確認して、妻と2人おそるおそる中に入る。靴を脱ぐとダイニングキッチンで、椅子は1脚しかなく指定の部屋はもう一つ奥らしい。ガラスの引き戸を開けると確かに椅子が2つ並んでおり、椅子の前には「めぐみ・マスタード」と半紙に筆で縦書きされたもの、落語でも始まるのかと思わせるあの縦長の紙、名前が思い出せず今調べると「めくり台」だった。とにかく何かの演目が始まるのだ。

ほどなくして正面のベランダのレースカーテンが開き、右手に赤いホース状のものを持ったお面があらわれて、ぶんぶん回すホースからはふぉんふぅぉんふぅぉんふぉんと音が鳴っている。あれは折坂悠太のライブで見たことがある楽器だ。名前、名前がわからないがとにかくあの浮遊感のある音を発しながらお面はゆったりとカンフーのような動きをしている、すると次のお面、大柄細身のお面があらわれ、口になにか、金属のこれもおそらく楽器を咥えており、ばいん、ばいいん、と奇妙な音を鳴らし、続いてあらわれた3人目のお面は太鼓を抱えている。グレーの中国風の衣装を纏う3人のお面が揃ったところで、ふぅぉんふぉんふぅぉんふぉん、ばいんばいいん、ふぉんふぉん、ぽこんぽん、ぽこん、ばいん、としばらく舞が披露されたあと、止まる。しばしの静寂と沈黙があり、それは1人めのお面がスマホを操作した間だったのだが、流れ出したのは『オブラディ・オブラダ』、3人はボックスステップを踏みながら時折またひゅんひゅん、ばいん、ぽこんぽこんと鳴らし、途中で太鼓を差し出された我々はリズムをつかめないままたどたどしく太鼓をたたき、いや、オブラディ・オブラダの間は楽器は鳴らしていなかっただろうか、いや鳴らしていた気がする、とにかく曲の終わりとともに3人はポーズを決め、演目が終わった。

その後3人はお面を外して花束を手渡してくれ、「第二部」ということで手巻き寿司とコロッケとチーズケーキを食べた。この3人が我々の人生の節目を祝ってくれると聞いてはいたのだが詳細は知らされておらず「一体何されるんだろうね」と言いながら電車に乗っていたのだが、結局あれは「何」だったのかを今も明瞭に説明することはできず、けれど「何」だったのかは十分に、腹の底のほうから、頭のてっぺんの神経をつむじの上の方から引っ張られるような方向から、息を吸い込んだ胸の内側のところから理解した。演目の終わりに妻は「なんで泣いているかわからない」と言い、帰ってもとにかく寝る前までずっとオブラディ・オブラダが脳内に流れていて、目を閉じればあの奇妙なお面が夢に出てきそうだといいながら床についた。

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